スタートライン(前編)

2018年3月

朝4時起床

世田谷から車で1時間30分

レンタカーを走らせ

千葉県いすみ市に

購入した古民家を

リノベーションしに来た。


自分は奈良市で生まれ育った

高校生になって

バイクの免許を取ってからは

気の合う仲間と一緒に

吉野川まで

1時間半バイクを走らせ


崖から川に飛び込んだり

鮎をモリで突いて、焼いて食べたり

ストリートでスケボーをしたり

サバイバルに近いキャンプに憧れ

休み日は全て川遊びに

時間を費やした。


1999年

楽しい高校生活が終わる頃

自分は北海道か沖縄へ住みたいと

試みたが就職先がなく

実家にいると色々なしがらみに捉われて

自分がしたいことができなくる

そんな衝動に駆られ、先生の勧めで

東京に上京することにした。


江東区の町工場の寮生活で

一日も早くこの生活を抜け出すことを目標に

一人暮らしができる為の貯金をした。


幼馴染が東京に出たい

ということをキッカケに

世田谷のアパートで

シェアハウス生活がスタート

バイトとスケボーの日々を繰り返し

気付けば二十歳


やりたいことをやって生きていくことは

思ってたより難しくて

自分を素直に表現することも

上手にできなかった。


高校生の時からモデルの仕事をしてみたい

そんな漠然とした夢を持っていたけど、

上手く夢に向かって

進むことができなかった。


素直に夢に向かうことが

恥ずかしかった。

公言さえ難しかった。


そんな頃に始めたアルバイト。

今は無き、三宿の「うさぎや」

というお好み焼き屋

店長は自分の夢を全力で応援してくれた。

常連さんも励ましてくれた。


ほぼ同じタイミングで

そのアルバイトを紹介してくれた人

(現在の奥さん)から

創価学会の入会を勧められていた。


創価の存在も知らなかったし、

宗教と自分は無縁だと思ってた。

だから勧められても、

全く興味を持てなかったので、

入会を断わった。


でも、よく言えば粘り強く、

悪く言えばしつこく話してくれた。

対話では結論は出ないと判断し

1年の期限を設けて、

自分にメリットがなければ

退会することを条件に入会した。


2001年の4月に

カルフォルニアに

バックパッカーとして

1ヶ月旅をした。


帰国してすぐに

本当に運が良かったとしか言い表せないが

メンズノンノの専属モデルに選ばれ

有難いことに4年間モデルの仕事をすることができた。


が、現実はそんなに甘くなく

モデルの仕事だけでは食べていけず

彼女とも結婚のタイミングになり

普通の仕事に就くことを決意


2005年

友人の紹介でドイツ建築技術を使用した

エコハウスを建てる会社へ就職した


この間、

なぜ自分はモデルになりたかったのか

真剣に自分と向き合った。

その結果、高校生の頃に観ていた雑誌に

登場するモデルをみて希望を感じたり

夢をみたりしていたのは、

根底には自分も誰かに希望や勇気を

与えられる人になりたいという

気持ちがあることに気づけた。


それは、

必ずしもモデルという職業で

なければならない訳ではなく、

誰でもどんな立場でも、

自分さえ正しいことをしていれば、

どんな立場でも、できるのではないか?


そんなことを考えて、

今の自分は希望を与えれる人でなくても、

いつか必ずそうなっていこうと、

決意したことを鮮明に覚えている。

DIY HOME

水をキレイにする文化をつくりたい ものを大切にする文化をつくりたい 自然と共存を感じなら暮らしたい

0コメント

  • 1000 / 1000